食品サンプル
「なんかさ、愛を感じないんだよね」。
彼は、そう言って私は、耳を疑った。
「でも、私たちまだ3回しかデートしてないんだし、当然じゃない?」。
しどろもどろでそう言うのがやっとだ。
彼は、隣から煙ってきたタバコの煙に露骨に嫌な顔をした。
「でも、意味ないよ。
このまま会い続けたって」。
彼のしかめ面に気づいた隣の男が、今度はわざと煙を彼に向けて吐き出した。
「すみません、席変えてもらえますか?ちょっと煙いんで」。
即座に彼は、ウェイトレスさんに向かって声高らかに告げた。
はっきりした人なのだ。
そこが魅力でもあり、欠点でもある訳か。
私達は入口に近い席へと移った。
メニューの蝋細工、食品サンプルがディスプレーされているのが、裏側から見える位置だ。
スパゲッティのプレートからは一筋のスパゲッティをつけたフォークが浮いている。
お約束の定番だ。
子どもの頃は、面白くてよく手で触ってしまったものだ。
都会ではそんな事をする人はいないのだろうか。
スパゲッティ、ざるそば、うどん、それに毒々しいまでに水色をしたソーダファウンテン。
見飽きないのだ。
「おいおい、聞いてる?」彼が優しそうに顔を下から覗き込んできた。
今、その顔はズルい。
愛がないなら、魅力も出し惜しみして欲しい。
「じゃあ、そういうことで。
昼休みに仕上げる資料があるんだ。
君んとこの会社は、売上好調だもんな、羨ましいよ」。
彼が伝票をつかんだ。
「本当に、もう会えないの?」可能な限り可愛い顔で、下から彼の顔を見上げる。
彼は、微笑みを返し無言で去った。
いっそ、「会えない」とはっきり言ってくれたらいいものを。
私は茫然とした。
そして紅茶にスティックシュガーを入れて、スプーンでゆっくりゆっくりとカップをかき混ぜた。