新幹線にて
小学生高学年の頃。
夏休み、田舎に帰省する新幹線の中。
車内は混雑していた。
両親と兄が座る三人掛けのシートから通路を挟んだ座席に私は座っていた。
右隣を見ると当然見ず知らずの若い背広姿の人が座っている。
几帳面そうな人だった。
発車前、荷物や人で通路際はごった返した。
邪魔にならないよう、私は体を心もち深く座席側へと傾けた。
男性の足のすね辺りと触れ合った。
すると隣のその男性は、ビクリと足をずらした。
まるで汚いもの扱い、とムッとした。
で、ちょっと強引に足を重ねた。
すると彼の足の筋肉がピクピクっと動くのが感じ取れる。
そのややオーバーなリアクションは私を面白がらせた。
発車したばかり、先は長い。
ちょっと、眠ろう。
私は心もち頭を右隣の彼の方へ傾け、もたせかけた。
すると、彼は一層固く体を緊張させ、もはや微動すらしない。
さすがに失礼かもしれない。
そう思ったが、疲れ果てていた私はうとうと眠り始めた。
といっても、私は眠りが浅い。
規則的な寝息を立てながらも、隣の男性への配慮は怠らない。
先は長いから、時折深い寝息やため息が漏れる。
その度に彼の筋肉は、引き攣れ、小魚が跳ねるかの如くピクついた。
その神経系だかの動きは、子どもの私の好奇心を大いに誘った。
子どもの自分が男性に引き起こした作用だと思うと妙な気分になる。
だって私は保健の授業で、教科書に登場する図だって「???」な子だったから。
どの県あたりだったろう?。
彼の体の緊張が、ガクリと解け、溶けて流れ出したのは。
境界はなくなり、シートに漂う空気はひたすら甘く優しい。
彼は私の毛布になったのだ。
目的地、終点のアナウンスが車内に鳴った。
私は降車の準備に、家族の元へ戻った。
到着した駅には、在来線へと向かう長く大きい階段があった。
足取り重く下って行く彼の後ろ姿を、階段のほぼ最上段から、私は眺めた。
最後のステップについたとき、彼は意を決し私を振り返った。
想定内だった。
男の凝視を受け止め微笑むか、それとも単なる通行人となるか。
子ども切符を失くさないよう握りしめていたあの乗車区間、私は女を学んだ気がしている。